私に刺激を与えた本と著者(ひと)

私のブログは読まなくても何の問題もありません。本は是非手に取って欲しいと思います。

『働くことがイヤな人のための本』中島義道著.適職が存在しない私に刺激を与えた本

はじめに

大学三年生、夏。

「警察官になりたい」、「市役所で働きたい」、「教師になりたい」、「コンビニの店長になる」、「バーを開く」等々の周囲の意気込みが耳に入る時期です。

しかし、私は警察官になりたくない、市役所で働きたくない、教師になりたくない、コンビニの店長になりたくない、バーを開きたくない……。

適職が見つからない

大学三年生にもなると、さすがに職に対する方向性が定まっているだろうと、「どういう職業に就きたいのか?」という質問を容赦なく私に投げ付けてきます。

 

私は、「まだ決まってません。」と表情を変えずに返答します。

しかし、胸の内は不安と自虐の念でいっぱいになります。

 

どうしてみんなあれになろうかこれになろうかと多くの選択肢の中で悩めるのだろうか?どうして私はやりたい職業がないのだろうか?そんな私は異常なのだろうか?社会不適合者なのだろうか?

 

ゼミの先生に“消去法”で考えることを勧められ実践しましたが、すべての選択肢が消去されていき、最終的には職が決まらない不安しか残りませんでした。

 

私が多くの職業が“厭”だと感じる理由として、絶対的な“正義”が存在しないという真実を認めていることが挙げられます。

 

法や集団の規則を絶対的な“正義”とすることは、絶対的な“正義”が存在しないという真実から目を背けることになります。

 

真実を捻じ曲げることは、自分の信念に背くことなのです。

 

同調圧力”に負けるのを恐れる一方で、対抗する勇気もありません。

 

無理やり真実を捻じ曲げざるを得ない、そんな社会へと踏み込んでいくことを恐れるのは必然的なことなのでしょう。

 

適職が見つからない理由をいくら分析したところで、自分の適職は表れてきません。

そんな、現実的な悩みから解放されようと、本を読み漁っていたときに出会ったのがこの本でした。

『働くことがイヤな人のための本』中島義道著 

働くことがイヤな人のための本 (新潮文庫)

働くことがイヤな人のための本 (新潮文庫)

 

-目次-

1.一生寝ているわけにはいかない

2.「命を懸ける仕事」はめったに与えられない

3.仕事と能力

4.仕事と人間関係

5.仕事と金

6.金になる仕事から金にならない仕事へ

7.死ぬ前の仕事

 

まずはじめに言っておくべきことは、この本を読んでも何も解決することはないということです。

 

しかし、私にとっては非常に読む価値があるものでした。

 

「何故適職が見つからないのか?」という問いが、哲学的には“正常”な問いであることが分かった、それだけで私にとっては非常に価値があったのです。

 

さらに、私には2つの選択肢があることを学びました。

それは、哲学を専門に研究していく道一般社会に紛れ込みつつ「愛知者」として生きていく道

 

大学の先生に対して好意を持たない私(ニーチェの言葉でいうルサンチマンを捨てきることができない私がいるのは紛れもない事実です)は、必然的に後者の道を選択することになりました。

 

そうなると、もう私は何の職についてもいいという風に割り切ることができます。

絶対的に“正しい”という確信を持つことができなくても、目の前の仕事に対して力を入れなければ生きていくことができないということ、それももまた紛れもない真実なのです。

 

明日から私は、「愛知者」として生きるために如何にして一般社会に紛れ込むか考える必要があるのです。

 

 

私は、この本をそのように解釈しました。

中島義道さんとの出会い

中島義道さんとの出会いは、大学の図書館でした。ゼミの課題で永井均さんという哲学者の著書を探していたところ、偶然横に中島さんの著書が並んでいたのです。そこで、ふと『〈ふつう〉から遠く離れて:「生きにくさ」に悩むすべての人へ』という中島さんの著書が目に入りました。哲学的思考を自覚しながらも、周囲の和から外れるのを恐れて鈍感を演じ、非常に“生きにくさ”を感じていた時だったので直さら手に取ってしまったのだと思います。

 この本は、中島さんの出版した著書の一部を抜粋してまとめたものなので、中島さんの大まかな思想、人柄を感じることができます。一冊目としては非常におすすめです。しかし、おそらくこの本に魅力を感じた人は中島さんの他の著書を読まないではいられないという心境になるでしょう。しかし、著者があまりにもネガティブすぎると言って好意を持たない人も少なからずいるみたいです。それは、必然的なことで、この世界が紛れもなく“理不尽”で真実を捻じ曲げることによってしか“幸福”を手にすることができないのも紛れもない真実なのです。だから、“幸福”を手にしたいものにとって、中島さんの著書は“なんだか嫌な感じ”がするのだと思います。“真実の追求”か“幸福”か。そんな選択を迫られた結果、マジョリティは“幸福”を選ぶのです。そして、そんなマジョリティに“真実”を力ずくで捻じ曲げられてしまうのです。中島さんは、マジョリティに屈しない防御力においては世界トップレベルといえるでしょう。別に褒めているわけでもけなしているわけでもなく、それが紛れもない真実なのです。

おわりに

ちょうど一年前の夏休み、部活動を辞めることを顧問の先生に告げたときに、「何を選択するのが“正しい”のか分からない。」、「自分がいったい何から逃げている(逃避している)のか分からない」というようなことを言っていた記憶があります。一年経ってみて、少し成長したなと感じています。何を選んでも正しいし、一方で何を選んでも必ず後悔することを少しずつ学んでいきました。そして、私は紛れもなく“理不尽”な世界で生きていかなければいけないという現実から逃げたくて仕方がないのです。

 

やっぱり中島義道さんの本を読んだ後は、心理学や宗教の本でネガティブを消化する作業も必要なのかもしれないです。“幸福”を選択するならば。

 

『自由からの逃走』エーリッヒ・フロム著.褒められて育った私に刺激を与えた本

はじめに

褒められて育ちました。そして、無意識に誰かの人生を生きるようになりました。本当の自由を得ようともがいているときに、出会った本を1つ紹介します。

褒められつづけて

かけっこで一番になると、「やっぱり○○はスポーツが得意なんだね!」とお母さんは嬉しそうに言ってくれました。
テストで90点をとると、「やっぱり○○は勉強ができるんだね!」と言ってくれました。
いつも、「○○はなんでもできるね!」と褒めてくれました。
自己肯定感は強かったです。
中学生くらいまでは……。


高校生ぐらいに気づき始めました。
実業団に入れるほどのソフトボールのセンスがないこと。有名大学に入れるほどの学力がないこと。なんでもはできないこと。

 

そして、親元から離れて気が付きました。
すべて、親の期待に応えるために動いていたこと。

インターハイに行きたい。いい成績を取りたい。友達をたくさんつくりたい。喧嘩はしたくない。親切な人になりたい。常に元気でありたい。

すべて、自分の理想ではありませんでした。
親の笑顔が自分の理想でした。
すべては、その手段に過ぎませんでした。

 

大学生の今意識していることは、人の期待を認識して自分の理想と区別するということ。
何かを決断するときは、必ず人の期待に応えようとしていないか疑うこと。
失敗しても自己責任。後悔しても自己責任。

 

人は、無意識に誰かの期待に応えようとします。
人は、無意識のうちに誰かの基準で善悪を判断します。

そして、その誰かがいなくなったとたんに、何が正しいのか分からなくなり、強い不安感におそわれ、また違う誰かに服従しようとします。宗教に行く人もいます。
人は誰かの奴隷にはなりたくありません。自分の人生を生きたいはずです。

でも、誰かの奴隷である状態は“ラク”です。
親の基準、先生の基準で生きることは非常に“ラク”です。
なぜなら、善いことをすると褒められるからです。
悪いことをすると叱られるからです。

 

しかし、本来善いことをしたからといって必ず報いがあるとは限りません。その逆もまた然りです。受け入れがたいですが、真実です。

人生、どの道を選んでも正しいし、どの道を選んでも必ず後悔します。

 

変わりゆく常識、一つとなりの国に飛ぶと全く異なる価値観。
時代に左右される価値観。環境に左右される価値観。
そんな脆弱な価値観で本当によいのでしょうか?
私は、嫌です。

『自由からの逃走』エーリッヒ・フロム著

自分の人生は、自分の価値観で決める。後悔しても、自己責任。

そう思わせてくれた本が、エーリッヒ・フロム著『自由からの逃走』です。

自由からの逃走 (1966年) (現代社会科学叢書)

自由からの逃走 (1966年) (現代社会科学叢書)

 

 自分が誰かの奴隷になっていることに気が付き、どうすれば解放され、本当の自由を得られるのかのヒントが見つかる本です。

当ブログについて

このブログでは、私の生き方に影響を与えてくれた本を紹介していこうと思います。
私は、人生の成功者ではありませんし、私の雑談に近い経験話が読者さんに良い影響を与えるという保証もありません。
ただ、ちょっと本は手に取ってほしいと思います。本には、インターネットの情報と異なり、その著者の思いがヒシヒシと伝わってきます。思ってた内容と違っても、著者の人生観が伝わってきます。様々な人生観を学べるのが本です。

おわりに

自由を求めて、『自由からの逃走』という本を手に取ったわけですが、私が本を読むようになったきっかけは、本や論文を読むと先生に褒められるからです。本を読んで怒られることは大学ではありません。完全に大学の価値観に染まっています。本当の自分の価値観を手に入れたとき、私が本を読んでいない可能性も否定はできません。