私に刺激を与えた本と著者(ひと)

私のブログは読まなくても何の問題もありません。本は是非手に取って欲しいと思います。

『自由からの逃走』エーリッヒ・フロム著.褒められて育った私に刺激を与えた本

はじめに

褒められて育ちました。そして、無意識に誰かの人生を生きるようになりました。本当の自由を得ようともがいているときに、出会った本を1つ紹介します。

褒められつづけて

かけっこで一番になると、「やっぱり○○はスポーツが得意なんだね!」とお母さんは嬉しそうに言ってくれました。
テストで90点をとると、「やっぱり○○は勉強ができるんだね!」と言ってくれました。
いつも、「○○はなんでもできるね!」と褒めてくれました。
自己肯定感は強かったです。
中学生くらいまでは……。


高校生ぐらいに気づき始めました。
実業団に入れるほどのソフトボールのセンスがないこと。有名大学に入れるほどの学力がないこと。なんでもはできないこと。

 

そして、親元から離れて気が付きました。
すべて、親の期待に応えるために動いていたこと。

インターハイに行きたい。いい成績を取りたい。友達をたくさんつくりたい。喧嘩はしたくない。親切な人になりたい。常に元気でありたい。

すべて、自分の理想ではありませんでした。
親の笑顔が自分の理想でした。
すべては、その手段に過ぎませんでした。

 

大学生の今意識していることは、人の期待を認識して自分の理想と区別するということ。
何かを決断するときは、必ず人の期待に応えようとしていないか疑うこと。
失敗しても自己責任。後悔しても自己責任。

 

人は、無意識に誰かの期待に応えようとします。
人は、無意識のうちに誰かの基準で善悪を判断します。

そして、その誰かがいなくなったとたんに、何が正しいのか分からなくなり、強い不安感におそわれ、また違う誰かに服従しようとします。宗教に行く人もいます。
人は誰かの奴隷にはなりたくありません。自分の人生を生きたいはずです。

でも、誰かの奴隷である状態は“ラク”です。
親の基準、先生の基準で生きることは非常に“ラク”です。
なぜなら、善いことをすると褒められるからです。
悪いことをすると叱られるからです。

 

しかし、本来善いことをしたからといって必ず報いがあるとは限りません。その逆もまた然りです。受け入れがたいですが、真実です。

人生、どの道を選んでも正しいし、どの道を選んでも必ず後悔します。

 

変わりゆく常識、一つとなりの国に飛ぶと全く異なる価値観。
時代に左右される価値観。環境に左右される価値観。
そんな脆弱な価値観で本当によいのでしょうか?
私は、嫌です。

『自由からの逃走』エーリッヒ・フロム著

自分の人生は、自分の価値観で決める。後悔しても、自己責任。

そう思わせてくれた本が、エーリッヒ・フロム著『自由からの逃走』です。

自由からの逃走 (1966年) (現代社会科学叢書)

自由からの逃走 (1966年) (現代社会科学叢書)

 

 自分が誰かの奴隷になっていることに気が付き、どうすれば解放され、本当の自由を得られるのかのヒントが見つかる本です。

当ブログについて

このブログでは、私の生き方に影響を与えてくれた本を紹介していこうと思います。
私は、人生の成功者ではありませんし、私の雑談に近い経験話が読者さんに良い影響を与えるという保証もありません。
ただ、ちょっと本は手に取ってほしいと思います。本には、インターネットの情報と異なり、その著者の思いがヒシヒシと伝わってきます。思ってた内容と違っても、著者の人生観が伝わってきます。様々な人生観を学べるのが本です。

おわりに

自由を求めて、『自由からの逃走』という本を手に取ったわけですが、私が本を読むようになったきっかけは、本や論文を読むと先生に褒められるからです。本を読んで怒られることは大学ではありません。完全に大学の価値観に染まっています。本当の自分の価値観を手に入れたとき、私が本を読んでいない可能性も否定はできません。